おばけ島の徒然なる非日常

ここってどこだ?

 日本は狭い。そりゃ日本より狭い国だって地球上にはごろごろあるだろうが、そんな意味で言ったんじゃない。何て言うんだろうか、人間が溢れすぎてしまって、自然とか無駄な空間とか、そんなものがない。ぎゅうぎゅうづめで息苦しいと言うか……俺の語彙じゃ説明しきれない。悔しい。

 それはともかく、俺が言いたいのは、だ。俺たちは日本人だし、当然日本に住んでいる。住んでいるけど、そこは誰も知らないような孤島だ。いやもちろん地図には載ってるが、名前を出しても誰もが首をかしげるような――そんな島。

 その島の正式な名称は知らない。知ってはいけないのだと、引っ越す前に姉が教えてくれた。じゃあなんでそんな島に引っ越すのかと問えば、大人の事情だよとはぐらかされた。何なんだまったく。


 俺は神崎 洋(かんざき よう)。今年で高校二年生になる。そして、俺の前を軽い足取りで歩く女生徒。俺の双子の片割れで、名前は美咲(みさき)。俺たちは二卵性双生児なので、双子だが顔は似てないし、そもそも性別が違う。

 そう、俺たちはいわゆる転校生と言うやつ。日本の中心ともいえる大都会・東京から、恐ろしく辺鄙な離れ島の、恐らく人など殆どいないであろう私立の学校へとやってきた訳だ(こんな所に私立とは言え学校があるのに驚かされた)。

「おばけ島、ねえ」

 俺は顔を伏せながら考える。船に乗っていたとき、島の地面を踏みしめたとき、俺はおばけ島の名前の由来を考えていた。さびれきってるのかと思えば、港には思いのほか沢山の漁船が停泊していた。確かに人家は少ないが、船で1時間と言う長旅(これが長いのかどうかは分からない。俺は船に乗ったこと自体初めてだから)を考えれば当然だろう。けれど活気はあるようだった。

 おばけ、と言うのだからよくない伝承が残っていたりするんだろうか。船から見た限りでは変な様子は無かったが。

「美咲、どう思う」

 前を歩く美咲に声をかけるが、美咲はしかめっ面で首をふるだけだ。黙ってろってことか。俺は仕方なく、別のことを考える。この学校のこと――

 理事長とやらに会ってきたが、そういえば変だった。理事長は老婆だったが、その表情は若々しく、声も凄くしっかりしていた。それだけならば別に問題は無いが、理事長の緑色の目が、これ以上ないぐらい爛々と輝いていた。誰かに魔女だと言われたら信じてしまいそうなぐらい、妖しい光を宿した目だった。

 しかし同席していた美咲は何の感想も寄越さない。俺より人を見る目のあるこいつが気づかないとは思えないし。

「洋! もう、なにぼうっとしてるの。入るよ?」

 一人でくらくらしていたら、美咲に怒られた。俺が小さく唸ると、美咲は笑った。年季の入った木の扉(と言えば聞こえは良いが、ぶっちゃけボロい)を軽く叩く。転校生とかって、普通担任が案内しつつ連れて行くんじゃないかと思ったが、どうにも違うらしい。

 少しの間をおいて、扉が開いた。美咲が教室へと入っていったので、その後に俺も続く。

 教室に足を踏み入れ、教壇に登って、俺は顔を上げた。そしてすぐに、顔を上げたことを後悔する。なんだあれなんだあれなんだあれ!?

「…… ……。え、と、はじめまして。かんざきみさきです!」

 どうやらパニクっているらしい、少し上擦った声。俺は喉か肺か、どこから出したか分からないような唸り声を上げた。神崎洋と、名前だけはなんとか搾り出す。それ以上――例えば、好きな科目だとか――を言うことはできなかった。ただ顔を上げないように、教室を見ないように必死だ。理由は、見れば分かるんだが……説明をしたくない。ただ言える事と言えば、こんな辺鄙な所の学校の割りに生徒数がかなり多いことと、担任が吹けば飛びそうなやせっぽちということだ。

 担任は俺たちの不足すぎるぐらいな自己紹介に頷き(こんなんでいいのか?)、後ろの方の席に座るように指示を出してきた。俺も美咲も教壇を降り、目的の場所へと向かう。

 そのときにすれ違った生徒達の顔。好奇心が見え見えで、鬱陶しくあり、恐ろしくあり。

 俺の席は窓際で、列の真ん中辺りだった。暖かい日差しが差し込んでて、こりゃ眠気と戦うのが辛そうだなんてのん気な事を考えた。

 俺たちがそれぞれの席についた途端、生徒達が群がってくる。HRの途中じゃないのかと思えば、担任は既に居なくなっていた。先にすませてたってことか? まさかホントに葉っぱみたいに飛ばされてないだろうな。

 だが、俺にはそんな事を心配する余裕なんてなかった。むしろ自分の命の心配をしなくちゃならない。

「お前たち、双子なんだろ? なんで男女なの?」

「それは二卵性双生児だからに決まってるのよね〜。これだからおバカさんは」

「本土から来たんでショ? こんな田舎に、よく来たネえ!」

 沢山の言葉が飛んでくる。一見普通の転校生への歓迎に見えるが、俺は冷や汗流れまくりで、多分顔も蒼ざめているだろう。だがしかし、クラスメートの紹介をしないわけにはいかない。俺はおそるおそる、口を開いた。


 まず、「なぜ男女なのに双子なのか」と聞いてきた生徒。どこから声をかけてきたのか俺にはわからない。どこにいるのかと聞いたら周りの生徒はにやにや笑うし、なんなんだ? そう俺が首を傾げていたら。

「おれがどこにいるかわかんない? お前の目の前だよ、め・の・ま・え!」

 けらけらと甲高い笑い声とともに、突然男の顔が目の前に現れた。俺は思わず叫びながらひっくり返ってしまう。転校早々怪我するのか、俺は。

「ぎゃはははは! こんな反応されたのひっさしぶりだよ。カワイイなーお前」

 頭痛がする。生まれて初めて体験するほど酷い頭痛だ。なんだ、何がどうなってるんだ。悪い夢でも見てるんだろうか。俺は、俺を転ばせた奴の手にひかれて起き上がる。

「おれ、イカヤ。隣の席だし、よろしくなー」

 琴代イカヤ(ことしろいかや)と言うらしいこいつは、ひどい外見をしていた。男子らしからぬ長髪はいい。髪の毛の色素が殆ど抜けて白いのもまだ許せる。何よりおかしいのは、こいつの頭から多量の脳しょうと血が流れていると言うことだ。しかも本人を含めた周りの生徒はまったく気にしていない。なんなんだ、特殊メイクか何かか。

 そして、そのイカヤをバカにしていたのは、蛇だった。青緑のうろこで目は爬虫類らしからぬ、何より人語を解する蛇だった。人を食ったような笑みを浮かべているように見える。蛇なのに。ちなみに、名前は無いらしく、蛇さん、とか蛇、とか呼ばれているらしい。

 ……とまあ、悪夢と奇想天外、非常識などなどを詰め込んだような世界に、俺たちはやって来たわけだ。もう頭痛もしない。

「ここ、日本だよな」と俺が愚痴ると、隣の席のイカヤがそうだよと笑った。「日本語通じてるじゃん」

 よりにもよってこいつが隣なんてついてない。俺はため息をつくが、イカヤは気にしていないようだった。無神経なのか、こいつ。て言うか突然現れたけど、もしかして――

「ここに来た普通の奴は、大概お前みたいに現実逃避するな。目に見えるものすら信じないなんて……うん? どおした?」

「あっ、いや」

 イカヤは澄んだ白金の目をしている。右側の目には血が流れ込んで赤くなっているが、本人は全く気にしていない様子だ。俺はなるべくイカヤを見ないように目を逸らす。

「あ、わかった! おれのことだろ。そうだよ、おれ幽霊。成仏できないでずっといんの」

 俺が折角視線を逸らそうとするのに、イカヤは俺の視界に入ろうと動く。鬱陶しい。けれど俺が考えていたことを言い当てられてしまって、思わずイカヤと目を合わせてしまった。猫っぽい吊り目が好奇心に輝いている。(ついでに血に濡れている)

「成仏できないのか?」

「うん」とイカヤは目を細める。「おれを殺した奴を見るまではずっといるつもり」

「殺されたのか?」

「だって脳天に穴開いてるんだよ。誰かに殺されたに決まってら」

 イカヤはけらけら笑いながら消えてしまった。まるでCGかなにかみたいに、すっと掻き消えてしまったのだ。でも傍にはいるらしく、時折声は聞こえる。俺はため息をついて、授業の用意をすることにした。転校してはじめの頃は授業がどこだかわかんなくて焦るんだよな。大丈夫だろうか。

 俺と離れた席の美咲は数人の生徒と話している(人間も居るし、人間じゃないのも居る)。やっぱり社交性があるぶん、俺より馴染むのは早そうだ。まったく女ってこういうとき便利だよな。俺はため息をつきながら、教科書やノートを引っ張り出した。



(俺、ここで生きていけるかね)

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