吹き溜まった言葉たち

七の黒服/ゴウのやり方

 こんなことになるなら、ミカに謝っとくんだったな。あたしはそんな能天気なことを考える。

 あたしは今、両手両足を切断されて身動きも取れない状態だ。あたしの隣、っていうかあたしを赤ん坊みたいに抱いているのは、体のあちこちが腐ってて、頭蓋骨が露出したイヌ。イヌの獣人。マンガとかゲームの世界だけじゃなかったんだな。どこまでも能天気にあたしは考える。

「痛みはないか」

 あたしをこんな悲惨な姿にしたイヌが言う。まるで怪我した恋人の手当てをしてるみたいに、凄く優しい声色で言う。そしてあたしは当然のように頷く。

 時は少し前にさかのぼる。あたしは親友のミカと久々にケンカしちゃって、ばかとか叫びながら走ってたんだ。夕方だからって路地裏に突撃したのがだめだったのかもしれない。

 あたしは人にぶつかってしまって、慌てて謝ったんだ。そしたら、その人は無言であたしの口を塞いだ。その時すっごい臭くて、それで気絶したような気がする。(でもイヌが言うにはちゃんと睡眠薬で眠らせたらしい)

 気づいた時、あたしは人気のない公園のベンチに座らされていて、その時にはもう両足がばっさり切り落とされていた。なぜか痛みはなくて、食肉に加工される牛みたいな気分だった。

 それからイヌは「喋れないように」とか言いながらあたしの喉を切った。あたしは勿論抵抗したけど、すぐに力負けしてしまったのだ。

「運が無かったと思うしかない」

 イヌは静かに語る。喉も腐ってるのかしゃがれたこえだけど、落ち着いていて、人間だったらイケメンなんだろうなあと思うような声だ。

「生きている限り、俺たちの<対象>になり得ないということはない。俺たちはお前や、一人で歩いている人間、あるいは野良の動物を殺す。最近流行っているだろう、<死者の冒涜>」

 あたしは首を振る。するとイヌは驚いたように、潰れて片方しか開いてない目を丸くした。

「女子高生は噂に早いものと思っていた」

 あたしも獣人なんて存在しないと思ってたわよ。そう訴えたかったけど、ヒュウヒュウ喉がなるだけだった。

 それからイヌは又語り始める。

「猟奇的な大量殺人事件。犯人は複数のグループで、みんな黒い服を着ている」

 あー、聞いたことあるかも。ミカが言ってたな。

「俺は語る趣味は無いが、職権乱用の被害にあってな。殺すものには伝えているんだ。勿論、言葉が通じる相手だけ」

 イヌいわく、自分たちの存在を広めたいらしい(イヌは嫌がっているらしいけど)のだそうだ。かなり嘘っぽい……明確な理由は教えてくれないけど、しっかりとした意思はあるらしい。まあ、何ていうか――迷惑な話だ。

「猟奇殺人とはいっても、殺したものは放置しない」

 勿論お前もだ、とあたしの腕を削ぎながらイヌは言う。放置したら大問題になるだろうし頷けるけど、だとしたら、あたしはどうなるんだろう。

 そんな疑問を汲み取ったのか、イヌはふっと普通のイヌがやるように鼻で息をする。

「色々だ。お前は多分、我らの仲間の一人の餌になる」

 餌かぁ。じゃあ細切れにして食べやすくしてるのかな、これは。

「殺す俺が言うのもなんだが、お前は随分落ち着いているな。痛みを遮断しているとは言え、普通は発狂する」

 ミカとけんかしてて自棄になってるから、どうでもいいのかもしれない。そう言いたいけど、あたしはもう口を動かすことさえできないようだった。目も見えない。もう、風の音もイヌの声も聞こえなくなった。

 そうやって、あたしは死んだ。



(殺す事に抵抗は無いが、やはり惜しいと言う気持ちは強いな)

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