吹き溜まった言葉たち

七の黒服/皇のやり方

  ああ、運命ってものがあるとするなら、運命を作ってる(選んでる?)女神に殴りこみに行きたい気分だ。俺は何時ものようにツレと歩いてて、どこそこの料理がうまいとか、そんなくだらない事を話すと言うごく平凡な生活をしていたはずなのに。

 今、俺の目の前にはさっきまで明るい声で「俺はビールより焼酎だ!」なんて言っていたツレの、無残な姿がある。

 黒いワンピースを来た少女(顔立ちは本当にかわいくて、アイドルになれそうな感じさえする)がツレに馬乗りになって、胸のあたりに顔をうずめている。その顔や手は血で真っ赤で、ぐちゃぐちゃがりがりと下品な音をたてながら、そう、ツレの心臓を喰っているのだ。

 その様はライオンとかオオカミみたいな動物っぽさを強調していて、俺は汗とか鼻水とかをたらしながら腰を抜かしていた。

 少女の右腕は異常に長く、そして筋骨が異常に発達している。指は太いものが三本しかなく、爪はゲームのモンスターみたいに鋭い。短い髪を押しのけるように黒い角が生えていて、コスプレだといってもちょっと信じがたい風貌をしている。

 少女はツレをすっかりたいらげてしまった。頭だけは全くの手つかずで(骨すらも残っていない)、血肉のついた手を音を立てながら舐めている。

 逃げ出そうにも腰が抜けていて立てず、俺は少女が近寄ってくるのを震えながら待つだけだった。少女の目には知性と言うものが垣間見えず、ただ野獣のような鋭い光を携えているだけだ。ず、と太い右腕を伸ばし、俺の胸に手を当てる。

「完食」と、少女は呟いた。とがった声だったが、ちゃんと言葉になっている。

「か、かんしょ、く?」

 オウム返しに尋ねる俺の声は震えていてかすれていて、酷く情けなかった。いやこんな場面で情けないも糞も無いんだが。

「美味、人肉鮮血硬骨」

 単語を並べたてる少女に、俺はめまいを覚える。何と言っているかわからないが、何を言いたいのかは分かる。つまり、

「俺は、殺される?」

 こくりと、普通だったら可愛らしい部類に入るだろう動作を少女は行う。しかし俺の頭の中には恐怖しかない。

 震えの止まらない体に活を入れて、なんとか這うように逃げ出す。少女は俺のそんな情けない姿を笑っているのか、すぐには捕まえようとしない。油断しているうちに、なんとか逃げ出せれば……せめて、人のいる所に行けたなら。

 そう思って立ち上がり、何とか走り出す。恐怖で足がもつれ、何度も転んだ。それでも少女は一定の距離を保つだけで、その油断が負けに繋がるんだなどと余裕を見せた途端だった。

「え」

 俺は、いつの間にか地面に倒れていた。重みを感じる。恐らく少女が、とうとう、俺をつかまえたのだ。

「たすけて」と俺は叫ぶ。「誰か! 誰かいないのか!」

 少女は俺の口を塞ぐとか、さっさと殺したりはしなかった。人間の手で俺の背中をかきむしり、血を舐めている。俺は悲鳴を上げながら、助けを呼ぶ。だけど誰も俺の声を拾ってくれない。

 断続的に苦痛だけを与えられ、俺は段々叫ぶ体力を失っていた。背中の肉は多分もうなくなっていて、骨が露出しているはずだ。自分の絶叫がどこか遠くから聞こえるようで、俺はもう正気をなくしているのかもしれない。

 ふと、俺の耳元で少女が囁く。

「<死者の冒涜>」

 その言葉の意味を理解する前に。心臓が何かに貫かれたのが分かった。痛みはもう感じなくなっていて、ぼんやりと自分が死んだことを悟った。



(食欲。食事。)

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