花火大会
「ボク、花火見るの初めてなんだ。リュカは見たことあるんだよネ?」
僕は今、白い翼が闇に映える人と一緒にいる。言うまでもなくピットさんだ。彼は何とも表現しにくい灰色の甚平を着ていて、(翼を外に出すためか、胸辺りまではだけさせている。そのまま人ごみに行くのだから勇気があるなあと思う)手には先ほど出店で買っていた……ええと、たこ焼き。
「そんなに気合が入ったものじゃないですけど。だから今日の花火は楽しみです」
「ウンウン。あ、そうだリュカ、おクチ開けて? タコ焼き一個アゲル」
「あ、ありがとう……御座いま、ふっ」
割と大粒なたこ焼きを放り込まれ、(しかも熱い)僕は口元を覆う。その様子をピットさんは目を細めて眺めている……絶対楽しんでるなこの人は。
「それにしてもリュカ、その格好女の子みたいでカワイイヨ。ボク、ほら翼あるからどうしても上脱がなきゃじゃん? リュカみたいにしっかり着たいナア……」
「嬉しくないですよ……でも、翼って結構邪魔そうですね」
「その上ボクは飛べないんだヨー」
わーんと泣きまねをしながら僕に抱きついてくる。僕はそれを抱きとめて、撫でてあげた。この人はどうもスキンシップ過多らしい。僕は最初は戸惑っていたけど、流石に慣れた。
「ウン、リュカは優しいから、ボク、リュカのことスキだヨ!」
「そうですかあ? 優しいから好きなんですね」
アハハと誤魔化すように笑いながら、ピットさんが僕から離れた。
「そう言えば、ネスは来ないの? いっつも一緒にいるのに、キミたち」
「ここで待ち合わせの予定なんです。今日、ネスは試合入ってたみたいで」
そー言えばガノンとピカチュウも試合だったネとピットさんが笑ったところで、僕らを呼ぶ声が聞こえてきた。
「リュカー! ピット!」
ネスと、トレーナーくんだった。(僕は昨日、お祭りから帰ってトレーナーくんに平謝りをすることになった。あっちはあっちでクッパさんに捕まってたらしいけど……)ネスは昨日と同じ柄の甚平を着ていて、トレーナーくんは普段着だった。
ピットさんはにこーっと、ネスとはまた違うにこやかな笑みを浮かべて二人に飛びつく。ネスは服装がいつもと違うし驚いてたようだったけど、トレーナーくんは体格が近いこともあってか平然と受け止めた。
「アレ? トレーナーはいつもの格好なんだネ。折角のお祭りなのにもったいないヨー」
「昨日は着てたんだけどさあ、何ていうかえらくスースーするんだね、和服って」
確かに、昨日は人だかりが酷くてあまり風がなかったから分からなかったけど、今日は風が強めだ。浴衣がしょっちゅうめくれかけて、とても困る。
しかも、今日はプリンがいないから、もし浴衣がはだけてきたらどうしよう。一応お姫様たちやマルスさんに着なおし方を教えてもらったけど、うまくできる自信がない。
「それにしてもリュカってホントに女性用の浴衣着せられてるんだ……ご愁傷様」
「そう思うなら何も言わないで……」
ため息をつくと、トレーナーくんは慌てて謝ってくれる。別に良いんだけどね。
「さて、もうすぐはじまりそうだし、行こうよ。穴場知ってるんだ!」
ネスがそう提案し、僕の手を握って歩き出す。だからちょっと慣れたとは言ってもまだ足元ふらつくんだよきみ。でも彼はそんな事お構いナシだ。
ずんずん進んでいくネスと、彼に引っ張られる僕。それを呆れたように眺めつつについてくるピットさんとトレーナーくん。何と言うか凄く恥ずかしい。
僕たちは人込みを掻き分けて、ネスの言う「穴場」へと向かう。気をつけていないと、手を握っているのにはぐれてしまいそうなぐらい人が多い。ピットさんたち、ついて来れてるかな? 僕たち小さいからなあ。
そう思って振り返ろうとした瞬間。
「リュカ、目……つぶってて」
「え?」
前を歩いていたネスが振り返り、僕の視界を片手で遮る。僕が何か言う前に、ネスは歩き出した。何も見えないから、大人しく従うしかない。うう、ただでさえおぼつかない足取りなのに、更に転びそうで怖い……。
いつの間にか辺りの喧騒は消え、静かな空間を僕らは歩いていた。早足だったネスは動きをゆっくりしたものにして、僕にあわせてくれている。今更……もう遅いよ、なんて言葉は思い切り飲み込んだ。
「はい、良いよ!」
そんな許しとともに僕の視界が開ける。まず最初に視界に飛び込んできたのは、昨日同様帽子を被っていないネスの顔。その後ろには、星がまたたく夜空。
「え? ここは……」
辺りにはピットさんたちはおろか、一般の人の姿もない。町から少し外れた林の中、だろうか。ちりちりと虫が啼く声と、吹き抜けていく風の音。それから、大分遠い所から町の喧騒が聞こえてくる。
「もう少し歩いたところにさ、花火が綺麗に見える穴場があるんだ。リュカにしか教えてあげない」
「あ、ありがとう……でも、良いの? ピットさんたちとか」
「はぐれちゃったって言えば良いし、ぼくは元々リュカと一緒が良かったんだもん」
にっこり笑って、ネスは歩き出す。僕はその後をおぼつかない足取りで追う。人が居ない分、風がモロに僕の浴衣をめくっていく。太ももの辺りがとてもじゃないけど涼しすぎてくすぐったい。
だけどネスは僕のそんな様子に気づいていないようだ。それだけは幸いだった。
しばらく獣道を進んでいくと、開けた場所に出た。かすかに聞こえていた虫たちの声すらしない、本当に静かな場所。空に浮かぶ星たちだけが唯一の明かりだけど、木が少ないおかげであたりは明るい。
「ここはね、2年前ぐらいに見つけたんだ」
ぽすっと地面に座り込んで、ネスが言う。僕も彼の隣に座った。浴衣を着ているからいつものように足を伸ばしたり、あぐらをかいたりするとめくれてしまうから、正座だ。僕は正座が苦手なので、その内崩しちゃいそうだけど。
「誰にも教えてなかったんだけど、でもリュカは特別! 同じ世界の出身だし、それに」
「それに?」
「……ううん、何でもない。あ、ほら!」
ネスは何か言おうとしたようだったけど、突如空の上に弾けた光に気をとられたようだった。僕も空を見上げる。オレンジ色の火が弾けて空に広がった。花火が始まったんだ。
「わあ……きれい! チチブーやニューポークで見たのとは、全然違うや」
だん、だんと休みなく打ち上げられる花火は綺麗だけど、なんとなく怖い感じもした。この感覚は良く分からない。
ネスは完全に見入っているようだった。僕がちらりと覗き見たとき、彼は口をぽかんと開けて夜空を見ている。絶え間なく打ち上げられる花火は、確かに時間を忘れる物だった。
「あ、右手だ! でしゃばりだなあ」
夜空には、白っぽい花火が炸裂していた。それは大分歪んでいるけどマスターの形で、僕たちは笑う。それからは色んなファイターの花火が打ち上げられた。マリオさん(帽子だけ)、ピカチュウ、リンクさん(ブーメラン)……
「あ、あれはネスだね」
赤一色だったけど、見慣れた野球帽の形の花火があがった。ネスもうれしそうな表情をしている。僕はあったりするのかなあ。ヒモヘビが花火になってそうだ。
「そろそろ戻ろっかー?」
どれぐらい経っただろう、花火は終盤に差し掛かっていた。(ちなみに、僕の予想通りに僕ではなくヒモヘビのかたちの花火が打ち上げられた)
ネスが立ち上がり、僕もそれに習い立ち上がる。いや、立ち上がろうとした。結局僕はずっと正座のままだったせいか、バランスを大きく崩してしまったのだ。僕は思わず、すぐ隣に居たネスにしがみつく。
「うわっ……ご、ごめん」
「大丈夫、リュ……か…っ!」
「うわわ、ご、ごめん!」
……不運は重なる物だ。丁度つもった浴衣の疲労が弾けたのか何なのか、布がずれてきたらしい。袖が落ちてきて、ネスの顔に当たってしまったようだ。
「あう……」
慌てて直そうとするけど、やっぱりうまくできない。プリンたちに言われた事を思い出すけど、自分の浴衣をなおすのは難しい。
うろたえるばかりの僕に呆れたのだろう、ネスが僕の浴衣を直してくれる。あ、ちゃんとできるんだ……なんて今はそれどころじゃなく。
「……ネス?」
ぼーっと動きを止めているネスに呼びかけてみる。すると頬を赤くして固まっていたネスは普段の二倍速ぐらいの動きでうろたえる。
「あ、あ、あ、いや、あの、そのご、ごめん何でもないっ! あ、うん、そうだよね早く着ないと寒いよね」
「ど、どうしたの?」
ネスはふるふると首を振るばかり。なんだかその反応が気にかかって、僕はずりおちたままの袖でネスの両頬を押さえ込んだ。紫色の瞳がまん丸になる。
「ネスって、僕のこと」
「え!? ちょ、なにリュカやめ、え、え」
「……何も言ってないし何もしてないよ…」
「あ、うん、そうだよね、うん、うん。で、なんでリュカはぼくをつかんでるの?」
「ネスが、ずっと僕の浴衣掴んだまま動かなかったから。どうしたの?」
じっとネスを見つめると、彼は居心地が悪そうに視線を逸らす。……僕もなんだか居心地が悪くなってきた。どうしよう……。
「なんだか、さ、リュカがきれいだなーって……」
今度は僕が頬を赤くする番だった。ネスから手を離し、どうしたものかと胸を抑える。動悸が、おさまらない。花火はクライマックスに差し掛かってきているらしく、休みを知らず打ち上げ続けられていて、辺りは昼間のように明るいままだ。
「……あの、さ」
「うん」
「……あのね、その…ぼく、なんだかちょっと熱に浮かされてるみたい。ごめん、ね」
熱に浮かされてるのはたぶん僕も一緒だ。新しいPSIを覚える時のあの熱っぽさとは全然違う、よく分からないけど、多分確信を持て言える感情。
「ねえネス」
「な、なに?」
「僕、ネスのこと好きだ、よっ!?」
言い終わる前に、僕のお腹に衝撃が走る。ネスが思い切りタックルをかましてきたんだ。僕は、僕より少し小さいネスを抱きとめる。
「ぼくも! ぼくもリュカのこと好きだよ」
一瞬のうちにうろたえていた彼はどこかへ行ってしまった。いつものネスが僕の頬に、まるで猫のように自分の頬を擦り付けてくる。時々、僕はこの子が何を考えているか分からなくなる。今が正にそうだ。……でも、良いかな。今だって十分しあわせだ。
「リュカ、帰りにラムネ買ってあげる! 持ってかえって、ビー球だそうよ」
「うん。その前に、浴衣直さなきゃ」
「あっ、そうだったね。ごめんごめん」
今度は何の迷いもなく、と言うか固まることもなくネスは僕の浴衣を直してくれた。
僕の言葉は彼にどう取られたのだろう? それは僕に確かめることはできないけど、でも多分ネスはいつもと変わらないだろう。変わりようがないんだから。
ネスに手を引かれ、僕たちは来たときと同じように静かな獣道を歩いていく。いつのまにか花火は終わっていた。
(なんだか期待しちゃうよ)