クレープとマフラー
僕はあの日のことを思い出す。雨が降っていた日のことを思い出す。
走って逃げる僕。笑うあいつ。あの子のフィギュア。彼との出会い。あいつとの対峙……。
僕はあいつのことを相当に憎んでいたはずなのに、すべてが終わった今じゃ、僕とあいつは「友達」と言う関係になっている。どう転んでこうなったか、思い出せない。
「結局、どこ行くの?」
「街にうんめぇ菓子屋ができたンだよ。オマエ、甘いもの好きだろ? 今日の俺サマは機嫌がいいから、ト・ク・ベ・ツにおごってやるよ」
「ほんっと唐突」
森の中を走る車はガタガタと揺れる。乱闘のときに使うバイクは一人乗りだからと、わざわざ車を引っ張り出してきてくれたワリオは、なんだかんだと言って優しい……のかな。いや、こいつのことだから、多分何か大量に買い込むつもりなんだろう。
僕はふうとため息をついて、外の景色へ目をやった。……と言ってもまだ森を抜けてないから、視界に入るのは生い茂った木と、雪ばかりなんだけど。
「見えてきたぜ」
「中央街?」
「広場の近くにあったハズだからなー。コイツ、どこに停めようか」
「このあたりに停めて歩いていった方が良いんじゃないの?」
「……そうすっか」
少しだけ不満そうな表情を浮かべたけど、すぐにいつものニヤニヤ笑いになる。ワリオは車を近くの木陰に停めると、重そうな体をひょいと抱えて車から飛び降りた(オープンカーだからって飛び越える必要はないと思うんだけど)
僕も下車して、彼の横について歩き出す。歳は大分離れてるけど、身長は同じくらいだ。ホントに潰れてるよなあ、ワリオ。
「ねえ、寒くないの?」
「ああん? 俺サマはオマエと違ってタフなんだ。これぐらいどうってことねーぜ」
「なら良いけど、無理しないでよ。僕のせいになるんだから」
「ガハハハ、ニンニクパワーだぜ」
もこもこのコートを羽織ってマフラーも巻いてる僕と違って、ワリオは見事にいつもの(つまり、大乱闘に出るときの)格好だ。雪は降ってないけど森の中にはたっぷり積もっていたし、相当寒い。
本当に大丈夫なのかと顔をのぞきこむけど、ワリオは至って普通の表情だ。……大丈夫なんだろう。
街は除雪されてるけど、道の脇には残ってるし屋根にも積もってる。やっぱり寒いせいか人通りはあんまり無い。僕らは特に会話をするわけでもなく、その店へ向かった。
「あ……ここ?」
「おー、そうココだココ」
「良いにおい……ん、クレープ?」
「よく分かるなオマエ。ここのクレープ、生地の歯ごたえと中身のバリエーションとだな……」
ワリオが語りだしてしまった。この悪人面な男は、実はクレープが大好物らしい。本人がそう言っていたのだから間違いない。何時言っていたかは覚えてないけど……。
僕は熱が入ってきたワリオをとめて、そのお店に行こうと促した。中断されたワリオは機嫌を悪くした様子もなく、僕らは良いにおいに包まれる。ちょっと甘ったるい。
「いらっしゃいませ!」
きれいな女の人……店員さんが穏やかな笑顔を僕らに向ける。僕は滅多に街に来ないし、少し驚いて頭を下げてしまった。その様子を見ていたワリオが僕を笑う。もう。
お店の中は暖かな色使いで溢れていた。洋菓子店らしく、たくさんの焼き菓子が置かれているし、デザインの一環だろう小物も溢れてる。少し少女趣味っぽい感じがして、ワリオとは見事にミスマッチだ。僕は思わずふき出したけど、そのせいで店員さんと目が合ってしまって慌てて頭を下げた。
とうのワリオはまったく気にした様子はなく、店員さんに声をかける。
「えーと、コレとコレとコレ、一つずつ。オマエ、何食いたい?」
「え? えー……と、じゃあこれ、食べたい」
「んじゃ、コレ。全部で四つな」
「チョコバナナ二つと、カスタード、レアチーズ……で宜しいですか?」
ワリオが店員さんにコインを支払い、数分して四つものクレープを渡された。その内の一つを僕は貰う。
店員さんの優しい言葉とドアベルに見送られ、僕らは外に出た。
「……んむ…あ、おいしい」
「だろう? この俺サマおすすめの店なんだからな、マズいはずがねー」
「うん、すごいおいしい。ちょっと甘いけど」
「見た目と違ってあんま甘党じゃないよな、オマエ」
「濃い味は好きだけど、甘いのは普通って所かな」
「どうでもいいけどよー」
もう二つ目のクレープを食べているワリオを横目に、僕は自分が食べているクレープにかぶりつく。甘さはギリギリ耐えれるレベル。そして、ホントに生地が美味しい。モチモチしてるって言えば良いんだろうか。ああ僕まで語りはじめちゃいそうだ。
僕らは数分の間、自分のクレープを食べるために無言だった。先に食べ終わったワリオが腕をグルグル回しながらゴミを捨てる。僕が見てるからか、ちゃんとゴミ箱に捨てた。えらい。て言うか、食べるのはやいって……。
「うっし、食った食った!」
「……はやいよ」
「オマエが遅すぎるんだよ。さて、どうすっか」
「どこか行くの? ……んぐ」
「道具でも買って行こうかと思ったが……寒いな」
ぶるっと丸い体を震わせ、ワリオがまた腕をぐるぐる回す。クセなんだろうか。僕は首に巻いていたマフラーを解くと、ワリオに投げ渡した。
ワリオはちょっと驚いた表情をしたけど、にやっと笑って自分の首に巻く。……首、あったんだななんてヘンなことを考えてしまった。
「うーん、生暖かい」
「冷たいよりマシでしょ。文句あるなら返してよね」
「ガハハ、まあ無いよりは良いわな! おいリュカ、買い物に付き合え」
どうせそんなことだろうと思ったけど、口には出さずに頷いた。クレープのお礼なら安いものだし、外は嫌いじゃないから。
僕のマフラーを巻いたワリオが、腕をぐるぐる回しながら歩き始めた。僕はまだクレープを食べている途中だって言うのに……。
ホント、いつのまに「友達」になってしまったんだろう。
(昨日の敵は今日の友って言うけどさ)